2011年06月08日

20110608 Social Reworks

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生きるための小手先の技術が多少上手くなった程度で、俺の本質はあの小さな子供の頃から、なにひとつ前進なんてしてはいないんだ。病院を出てから、駐車場に停めてあった車内でずうっと泣いてた。結局みんな俺に愛想を尽かして離れて行ってしまうんだと思うと、どうして俺は人間なんかに生まれて来たんだろうかって思う。虫とかカビとか黴菌ぐらいがお似合いだよ。「嫌わないで欲しい」って思う度に、みんなが嫌な気持ちになるんだよね。優しくしてくれる人を大切に、大事にしようって思っていても、全部が裏目に出てしまうね。

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土浦駅近くにある立体駐車場のトイレ。無味乾燥で機能的な巨大施設の片隅に、こうした人間的な施設がぽつんと存在していると、とても安らぎというか、安堵感を覚える。殆ど誰も利用しないような場所にひっそりと在るこのトイレは、俺にとってとても思い出深い場所です。
高校の頃、殆ど顔も知らない級友から遊びに誘われて、どきどきしながら待ち合わせの土浦駅に行ったんだよね。約束の時間から二時間も三時間も過ぎても誰も来なくって、とうとう夜の七時頃になってもまだ待ってた。それから、このトイレの中に引き籠って、馬鹿みたいにわんわん泣いてた。
そうした事が三回くらい続いて、その度に俺は真っ暗になるまで駅前で待って、最後にはいつもトイレで愚図ってた。ものすごく惨めだったよ。自己憐憫と諦念でしか生きていけなくなった自分の、象徴的な出来事だった。
あの時から俺は、自称他称問わず"友達"という言葉に非常な不信感を持つようになった。その最たる例がハイランド管理陣こと峠家さんとの関係で、彼ら彼女らがどうして自分にああいう形で接してくれるのか理解できず、いまから思えば呆れたことに、月日が経つにつれ段々と猜疑心を覚えるようになった。最後には暴言を吐いて嫌味を言って、とうとうそれっきり冷めきってしまった。こうした恩知らずそのものの行動がやっと治り始めたのも、ほんのここ一年か二年くらいのものです。いや、実はまだぜんぜん治っていないのかもしれません。
人から愛されたいとは思うし、誰かが自分に佳くしてくれるのはとても嬉しいけれど、しかしその感情のまるで裏返しのように、底の見えない、どこまでも追われるような逃げ場のない恐怖を感じます。やっとの思いで仲良くなった友達が自分に失望し、そのまま離れて行く悲しみは、自分にとってとても堪えられない事です。

もし人生の目的を達成できたなら、その後は見苦しく生き恥晒さないように、すぐにここからいなくなろうと思っている。どうせ俺は天国なんて行けない人間だって知っているし、人に迷惑をかけて嫌われ続けて生きるのが、何より怖くて嫌だから。

夜勤続きのせいか三時頃の朝方にむっくり起きてしまったので、とりとめもなくPS2を引っ張り出して来てガタガタ遊んでました。
アーマードコア2アナザーエイジ。パーツのデザインが(一部を除き)非常に秀逸なので、今でも大好きなシリーズの一つです。今回は非常に貧弱なアセンブリで、ゲーム中でもトップクラスのエネミーに挑んでいます。2シリーズは軽量級にとって、長い長い冬の時代でした。
AC4〜fAのライフルに慣れていると、いざ旧作のACに入るなりその貧弱低火力っぷりに唸りますね。総合力ではハンドガンにさえ劣る武器……。この機体ではほとんど小型ミサイルが主力ダメージソースです。
posted by TRBRCHDM at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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